第19回「会社員時代 – 第2期②」

※第2期:本社 (東京) 出向時代(1991~1996)

 
 皆さん、こんにちは。「くのいち」ことクノテツヤです。

 今回も引き続き、僕が本社(東京)に出向していた頃の音楽遍歴を紹介したいと思います。

 この時期の僕は、いくら東京に出てきた(住んでいたのは千葉の寮ですが……)とはいえ、江戸っ子でもないのに「宵越しの金は持たない」勢いで、稼ぎのほとんどを「飲み」と「音楽」につぎ込んでいました。当然、給料日前はいつもギリギリの状態で、ひどい時には財布に30円しか入っていなかったこともありました。おかげで、アルコールの許容範囲と音楽の守備範囲だけは飛躍的に広がりましたが……。

 さて、余分な話はこれ位にして、早速いってみましょう。

―1曲目―

 何といっても、僕が再び花の都に出てきて嬉しかったのは、首都圏にいる大学時代の友人達と会う機会が増えたことです。
 あるとき、大学時代の親友S藤くんがジムニーを買ったというので、慣らし運転も兼ねて、野郎二人で海へドライブに出かけました。そのとき、S藤くんが「最近のお気に入り」と言って、いかした音楽ユニットを教えてくれました。聴いてください。

 1994年に発表されたICEのセカンド・アルバム「ウェイク・アップ・エヴリバディ」からお送りしました。
 ICEは、コンポーザーでギタリストの宮内和之さんとヴォーカルの国岡真由美さんを中心に結成された音楽集団で、1993年にアルバム「ICE」でデビューし、クールでスタイリッシュなサウンドの向こうに、ソウルやロックを感じさせる独自の音楽性で、多くの人を魅了してきました。

 それまで、僕はこういうお洒落な音楽にあまり縁がなかったのですが、ICEは、初めて聴いた瞬間から強烈に引きこまれました。特に、アルバム・ラストのタイトル曲「ウェイク・アップ・エヴリバディ」の “♪ wake up everybody, wake up everybody ~”というサビのフレーズが、来る日も来る日も、僕の頭の中でエンドレステープのように延々と鳴り続けていて、たまらずアルバム「ウェイク・アップ・エヴリバディ」を買いに、CDショップへ駆け込みました。
 後日、S藤くんと渋谷でICEのライヴを観たことも忘れられない思い出です。お洒落なカフェ・バーみたいなところ(調べたところ、多分、渋谷のWAVE BARと思われる……)で行われたオール・スタンディングのライヴだったのですが、これはかなり貴重なライヴ体験だったと思います。

 2007年に宮内和之さんが亡くなられて、もうICEの新曲を聴くことが出来ないのは残念ですが、残してくれたICEの音楽は、今も僕の中で生き続けています。

―2曲目―

 この時期、音楽業界を席巻していたグランジの影響を受けて、僕の好きなHR/HMバンドが次々と、グランジを意識した重くて暗くて荒々しい音楽をやり始めました。そんな状況に幻滅した僕は、他にドキドキ・ワクワクさせてくれる新しい音楽を求めて、「BURRN!」の他に、「ロッキング・オン」や「クロスビート」といった音楽雑誌も読み始め、少しでもピンと来るバンド/ミュージシャンがいれば、手あたり次第に買いまくっていました。失敗もありましたが、その分、たくさんの素晴らしい音楽と出会うことができました。
 これは、そんな風にして出会った素敵なグループです。聴いてください。

 1996年に発表されたステレオラブ5作目のアルバム「エンペラー・トマト・ケチャップ」からお送りしました。
 ステレオラブは、1990年にロンドンで結成された前衛的な音楽グループで、「立体音響研究室(無理矢理訳すとこんな感じ?)」という名前の通り、実験的でアヴァンギャルドな音楽性を、ジャンルの垣根を飛び越えた独特のポップ・ミュージックに昇華させ、後続達に多大な影響を与えました。

 この「エンペラー・トマト・ケチャップ」というアルバムは、寺山修司さんの演劇「トマトケチャップ皇帝」にちなんで付けられたアルバム・タイトル、「音響派」「モンド」「ラウンジ」という僕にとって未知の音楽ジャンル、そして、アート志向を感じさせるレトロで奇妙なデザインと色使いのアルバム・ジャケットに魅かれ、「よく分からないけど、面白そう」という直感だけを頼りに買ってみたのですが、見事、大当たりでした。
アルバム中の何曲かはフランス語で歌われているのですが、特にこの「キベレーの幻想」は、フレンチ・ポップスにも通じるキュートなメロディとフランス語のアンニュイな響きが抜群の相性で、つい何度も聴きたくなってしまう魅惑的な1曲です。

 嬉しいことに、ステレオラブは今年(2025年)、何と15年ぶりの新作「インスタント・ホログラムズ・オン・メタル・フィルム」を発表、その健在ぶりを示してくれました。感激。

―3曲目―

 このバンドの音楽性を語る際、引き合いに出されていたのは、ビリー・ジョエル、エルトン・ジョン、クイーン、ジョー・ジャクソンなど、僕の大好きなミュージシャン/バンドばかり……。
そんなバンドがデビューすると知った僕は、もうドキドキ・ワクワク、期待で胸がパンパンに膨れ上がっていました。さて、結果はいかに……? 聴いてください。

 1995年に発表されたベン・フォールズ・ファイヴの記念すべきデビュー・アルバム「ベン・フォールズ・ファイヴ」からお送りしました。
 ベン・フォールズ・ファイヴは、米国ノース・キャロライナで結成された、ピアノとヴォーカルのベン・フォールズに、ドラム、ベースという、ロックには珍しいギターレスの3ピース・バンドです。
 彼らのデビュー・アルバム「ベン・フォールズ・ファイヴ」は、僕の妄想込みの過剰な期待をはるかに超えていました。
デビュー盤にして、奇跡のようなこの傑作アルバムは、ポップに弾ける楽しげな曲から、小粋でお洒落にきめた曲、激しく暴れまくる曲、美しくセンチメンタルな曲まで、ヴァラエティに富んだ作品がズラリと並んでいます。そして、そのどれもが、琴線に触れる極上のメロディ、様々な表情を見せるピアノの音色、……と挙げ出したらキリがないほどの魅力に満ちあふれ、最初から最後までドキドキ・ワクワクがとまらない至福の1枚です。

 パンク初心者の僕は、ラモーンズ、セックス・ピストルズ、ザ・クラッシュ、ザ・ジャム、……と、まずは有名なところから聴き始めていたのですが、ある日CDショップの「パンク」コーナーで目にしたアルバム・ジャケットに一目惚れをしてしまいました。知らないバンドでしたが、ジャケットに写っているメンバーらしき人達のイカれた感じがたまらなく好みで、それに加えて、バンド名もヤバそうだし、邦題タイトルもバカっぽくて素敵だし……、すべてが僕を呼んでいるように思えました。
もちろん即買いです。聴いてください。

 1977年にロンドン・パンク初のアルバムとして発表されたザ・ダムドのデビュー・アルバムにして歴史的名盤である「地獄に堕ちた野郎ども(原題:Damned Damned Damned)」からお送りしました。
アルバムの冒頭を飾るこの曲は、日本でのファースト・シングルになっていて、当時は「嵐のロックン・ロール」という邦題が付けられていました。タイトル通り、嵐のようなスピードで駆け抜ける、刺激的でいかしたロックン・ロール・ナンバーです。
 ザ・ダムドは、セックス・ピストルズ、ザ・クラッシュと並び、3大ロンドン・パンクのひとつに数えられる重要なバンドで、1976年に発表されたザ・ダムドのデビュー・シングル「ニュー・ローズ」は、ロンドン・パンク初のシングル・レコードとして知られるなど、ロンドン・パンクの先駆的存在として、歴史にその名を刻み込んでいます。
しかし、そうした歴史上の重要性もさることながら、このザ・ダムドというバンドは、モーターヘッドに通じる暴走系ロックンロールの香りがするので、HR/HM好きの僕にとっては、ずっと聴き続けてきた馴染みのバンドみたいな感じがして、瞬く間に僕の「お気に入りバンド」となりました。
ちなみに、ザ・ダムドは実際にモーターヘッドとの関係が深く、「モーターダム」という名前でジョイント・セッションを行っています。笑ってしまうほど違和感のない取り合わせで、しかも滅茶苦茶カッコいいです。

―5曲目―

 東京時代の後半は、ある日本人ミュージシャンに思い切りハマって、大フィーバーが巻き起こっていました。キッカケは、当時の彼女(現在のカミさん)が教えてくれたこの曲でした。聴いてください。

 この曲は、1995年に発表された布袋寅泰さん9枚目のシングルで、オリコン2位の大ヒットを記録した、キャリアを代表する1曲です。
 ある日TVから流れてきた「POISON」に衝撃を受けた彼女が、この曲と布袋寅泰さんの存在を僕に教えてくれました。BOOWYの洗礼を受けていない僕は、布袋寅泰さんについて、何となく名前を知っている程度の認識しかなかったのですが、「POISON」という曲の、いかしたモータウン・ビート、熱く切ないメロディ、スピード感あふれる演奏……と、文句なしのカッコ良さにやられて、すっかり布袋さんのファンになってしまいました。
 「GUITARHYTHM」プロジェクト最後のシングル(当時)として、チャートへの挑戦も見据えてリリースされた「POISON」、そして、プロジェクトの集大成である「GUITARHYTHM forever vol.1 & vol.2」という2枚のベスト盤、さらに過去に遡って「GUITARHYTHM」シリーズの全アルバムを聴きまくり、カラオケで歌いまくり、ライヴにも参戦したりと、彼女と二人して思う存分楽しませてもらいました。

 ところが、困ったことに、僕の場合、このHOTEIフィーバーはそれだけでは済まなかったのです……。

―6曲目―

 自分の好きなミュージシャンが影響を受けたバンド/ミュージシャン、アルバム、曲というのが、一体どんなものなのか、知りたくなるのが人情というもの。
 布袋寅泰さんにハマっていたこの時期、布袋さんが影響を受けたバンド/ミュージシャンについては、少しでもピンと来るものを感じたら、すぐにCDを買ってきて、片っ端から聴き漁りました。
そのおかげで、今も大好きなこのバンドに出会うことが出来ました。聴いてください。

 1980年に発表されたXTC4作目のアルバム「ブラック・シー」からお送りしました。
 XTCは、1977年にパンク/ニューウェーヴ・シーンからデビューしたイングランドのロック・バンドで、幅広い音楽性に裏打ちされた、知性とこだわりが感じられる極上のポップ・ミュージックを生み出して、多くのミュージシャンに影響を与えました。

 ところで、僕がこのXTCというバンドを知ったのは、彼女(現在のカミさん)にプレゼントしてもらった「ぴあミュージック・コレクション 布袋寅泰のRadio Pleasure Box」という本がキッカケでした。
まずは、この本で紹介されていた、この「ブラック・シー」を買ったのですが、「超」がつくほど僕好みの曲ばかりで、あまりの嬉しさに頭がクラクラしてきました。
しばらくは、嬉々としてこのアルバムばかり聴いていましたが、やがて、当然のように他のアルバムも聴きたくなり……後の顛末は、大体ご想像の通りです。

―7曲目―

 昔、ラジオで耳にした時から、ずっと気になっていた曲がありました。
その曲は、タイトルも分からないまま、記憶の片隅にずっと引っ掛かっていたのですが、10年以上の月日を経て、ひょんな流れで再会を果たすことになりました。聴いてください。

 1983年に発表された8作目のアルバム「パンチ・ザ・クロック」からお送りしました。
 エルヴィス・コステロは、ロンドン生まれ、リヴァプール育ちのミュージシャンで、1977年のレコード・デビュー以来、その豊かで幅広い音楽的ルーツを背景に、数々の名作を発表してきました。
パンク/ニューウェーヴ・シーンから登場し、「怒れる若者」と呼ばれたイメージとは裏腹に、エルヴィス・コステロというミュージシャンは、デビュー当時から変わることなく、常に素晴らしい「メロディ・メイカー」であり続けました。デビュー・アルバム「マイ・エイム・イズ・トゥルー」に収録されている名曲「アリソン」においても、その後のポール・マッカートニーやバート・バカラックとのコラボレーション作品においても、その類稀なメロディ・センスが感じられます。

 僕がエルヴィス・コステロを聴き始めたのは、これまた、XTCの話にも出てきた「布袋寅泰のRadio Pleasure Box」という本がキッカケでした。布袋さんがエルヴィス・コステロから多大な影響を受けたと知るや、早速彼のアルバムを買い揃え始めました。
 ある日、新たに買ってきたアルバム「パンチ・ザ・クロック」を初めてかけたとき、ふと聞き覚えのある懐かしい曲が僕の耳に飛び込んできました。
それは、エルヴィス・コステロの「エヴリデイ・アイ・ライト・ザ・ブック」という曲で、紛れもなく、高校時代にラジオで耳にして以来ずっと記憶の片隅にあった、タイトルも知らないあの曲でした。思いがけず訪れた、嬉しい再会でした。

―8曲目―

―9曲目―

 この時期、布袋寅泰さんの他にも、当時の彼女(現在のカミさん)のお陰で、その後の僕の音楽人生において欠かせない存在となる日本のバンドに出会いました。聴いてください。

 1992年に発表されたオリジナル・ラブ2作目の傑作アルバム「結晶 SOUL LIBERATION」からお送りしました。
 オリジナル・ラブは、ピチカート・ファイヴの2代目ヴォーカリストでもある田島貴男さんが、1985年に結成した音楽ユニットで、1991年に2枚組アルバム「LOVE! LOVE! & LOVE!」でメジャー・デビューを果たし、幅広い音楽ルーツを背景に、普遍的なポップスの創造にこだわった音楽制作活動を行っています。
 僕は、それまでオリジナル・ラブというバンドの存在をまったく知りませんでした。彼女が大好きな「月の裏で会いましょう」という曲を聴かせてもらうため、アルバム「結晶」を貸してもらったのが、彼らとの初めての出会いでした。
「月の裏で会いましょう」は、1991年に放送された松雪泰子さんの初主演作である深夜ドラマ「バナナチップス・ラブ」の主題歌でした。と言っても、当時の僕はドラマの類をまったく観ていなかったので、このドラマのことも知らないのですが、全編NYロケによる、作りも中身もかなりぶっ飛んだ作品だったようです。
 そんな「月の裏で会いましょう」はとても素敵な曲で、とても気に入りましたが、それ以上に、アルバムの中で最も鮮烈な印象を残したのが、この「スクランブル」という曲でした。
夜に輝く都会の街を高速で駆け抜けていくようなスリルと疾走感、胸をときめかせるロマンチックなメロディ……と、そのめくるめく世界に、しばし我を忘れてしまいます。

―10曲目―

 少しずつ日本のロックを聴くようになってきた僕ですが、何かが足りないような気がしていました。
それは、元々HR/HMが大好きな僕が、音楽はもちろん、ルックスからキャラクターまで、そのすべてを文句なしにカッコいいと思えるような、そんな究極のロック・バンドの存在です。
 ところが、そんな僕の心を満たしてくれる、”ナンバーワン・ジャパニーズ・ロックン・ロール・バンド”に……遂に、出会ってしまいました。聴いてください。

 この曲は、1995年に発表されたザ・イエロー・モンキー5作目のアルバム「FOUR SEASONS」からの先行シングルで、うなぎ上りだったザ・イエロー・モンキーの人気を決定付けた大ヒット曲です。
僕もカミさんも、ほぼ同じ頃に、それぞれが「太陽が燃えている」を耳にしていて、お互いに「ザ・イエロー・モンキーという気になるバンドがいる」という話をした記憶があります。
 ところが、ある日、TVで「野生の証明」ツアー中のザ・イエロー・モンキーがインタビューに答えている姿を目にしたのですが、第一印象は「なんかチャラい……」。ショックでした。
「俺、このバンドのこと……好きになれないかも……」と思ったのを、今でも覚えています。
しかし、人生とは面白いもので、第一印象が最悪な相手ほど、後々、最高に仲の良い間柄になったりするものです。

 その後、紆余曲折(長くなるので、今回は割愛。いつか特別編で……)を経て、ザ・イエロー・モンキーは徐々に僕の心の中の大きな部分を占めるようになり、気が付けば、ザ・イエロー・モンキーなしではいられない、そんな立派なイエモン・ジャンキーが出来上がっていました。

 好きな曲は挙げ出したらキリがないのですが、この「太陽が燃えている」という曲は、僕の人生における最重要バンドのひとつ「ザ・イエロー・モンキー」に出会うキッカケとなった、特別な意味を持つ、とても大切な1曲です。

* * *

 今回、冒頭に「布袋寅泰のRadio Pleasure Box」の帯部分の写真を載せています。
この本は、この時代の僕にとってバイブル(教典)のようなもので、この本から受けた影響をネタに特番を組めるほど、数多くの素敵な出会いをくれた、僕の宝物です。
しかし、僕が影響を受けすぎて、馬鹿みたいにCDを買いまくるので、カミさんは、この本を僕にプレゼントしたことを後悔しているようです。そして、遂には、この本を「悪魔の本」と呼び始め。この世から消し去る機会を虎視眈々と狙っているようです。

-今回も最後までお付き合いいただき、どうもありがとうございました。
それでは、またお会いしましょう。See Ya!

ー第19回「サラリーマン時代 <第2期 ②>」プレイリストー

No.曲名
Song Title
アーティスト
Artist
1ウェイク・アップ・エヴリバディ
Wake Up Everybody
ICE
Ice
2キベレーの幻想
Cybele’s Reverie
ステレオラブ
Stereolab
3ジュリアンヌ
Julianne
ベン・フォールズ・ファイヴ
Ben Folds Five
4ニート・ニート・ニート
Neat Neat Neat
ザ・ダムド
The Damned
5POISON
Poison
布袋寅泰
Tomoyasu Hotei
6ジェネラルズ・アンド・メイジャーズ
Generals And Majors
XTC
Xtc
7エヴリデイ・アイ・ライト・ザ・ブック
Everyday I Write The Book
エルヴィス・コステロ・アンド・ジ・アトラクションズ
Elvis Costello And The Attractions
8インビトゥイ―ニーズ
Inbetweenies
イアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズ
Ian Dury & The Blockheads
9スクランブル
Scramble
オリジナル・ラブ
Original Love
10太陽が燃えている
Taiyo Ga Moeteiru
ザ・イエロー・モンキー
The Yellow Monkey

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