読書感想文

『咲良(さくら)は上手に説明したい!』 滝沢志郎 著
久しぶりに胸が熱くなる小説を読んだ。
小説のタイトルは『咲良(さくら)は上手に説明したい!』。
今年2月の発売直後から“いま一番熱いお仕事小説”として話題となっていた本だ。
普段、こうした「話題の本」の類にあまり興味を示すことはないのだが、この小説が、取扱説明書を作成する「テクニカルライター」の話だと知り、「これは絶対に読みたい!」と思った。
どうして、この小説にそれほど強く魅かれたかというと、かつて私自身、某メーカーの技術資料作成部門でマニュアル等の作成に携わっていて、「テクニカルライター」という存在は、仕事柄、親近感を覚えると同時に、憧れでもあったからだ。
話の内容は、主人公の女性・石川咲良(さくら)が、テクニカルライターである朝倉響との衝撃的な出会いをきっかけに、憧れの朝倉が働くマニュアル制作会社に入社、同じテクニカルライターを目指して奮闘・成長する姿を描いたもの。
何と言っても、著者自身がテクニカルライターとして活躍されていることもあり、文章が分かりやすく、各エピソードの描写も実に生き生きとしていて、小気味良いテンポで読み進めることが出来る。
また、各エピソードのミッションに対する具体的な思考・検討プロセスが、ストーリーに沿った形で示されているので、まずは自分ならどうするかを考えてから、答え合わせをするように続きを読んでいく、そんな楽しみ方も可能な知的エンターテインメント作品でもある。
とにかく、実際に我が身を置いていた世界の話なので、どのエピソードもダイレクトに胸に響く。
出てくる言葉やシチュエーションも馴染みのものが多くて、何だか嬉しい。
例えば「製造物責任」という言葉が出てくるが、これは、私が入社2年目にまとめた社内論文のテーマだ。
余談となるが、私が勤めていた会社は、入社2年目に論文提出および社内発表を行い、一定水準以上の評価を得ることで、初めて総合職社員として正式任用されることになっていた。そして、私が取り組んだテーマが、米国市場進出に向けたPL(製造物責任)対応マニュアルの整備だった。
もう少し続きを……。無事、論文提出・発表の関門をクリアした私だが、その後、技術資料作成実務を突き詰めることが出来なかったことは、いまだに心残りだ。
というのも、入社3年目に突然の出向を命じられ、東京本社に5年、地元工場に5年、合計10年もの間、所属する技術資料作成部門を留守にして、ようやく戻れたと思ったら、望んでもいない管理職に昇格させられてしまったのだ。総合職としてのキャリアを考えれば、間違いなく有難いことなのだが、自分はあくまでも実務に拘りたいと言って、降格を申し入れた。
結局、希望は聞き入れてもらえなかったが、そんな経緯も、実務に対する思い入れやこだわりをより強いものにする一因となったのだろう。
そんな私が管理職になってしばらく経った頃、取扱説明書の致命的誤記による不良案件を出したことがある。
幸い、製品の出荷前に対策は出来たのだが、再発防止策として、以降、全ての資料の最終チェックは、必ず管理職(=私)自らが責任を持って実施するよう要求された。
チェックと言っても、単純に誤記や誤字・脱字を見つけるだけでなく、文章表現の分かりやすさ(誤解を与えない表現となっているか)、全体を通して内容に誤りや矛盾がないか……等、見るべき点は多岐に亘り、作業量は膨大だ。
やる以上は半端なことをしたくない意地っ張りな性格に加え、いい意味で重箱の隅を突くようなことが性に合うのか、気が付けば、どっぷりとチェックにのめり込んでいる自分がいた。今だから話せることだが、会社だけでは時間が足りず、資料を自宅に持ち帰り、場合によっては徹夜してでも、可能な限りのチェックを行った。
きっと、こうして、叶わなかった実務への思いを僅かでも満たそうとしていたような気がする。
これまでも、広い意味で共通の世界を描いた作品、例えば、辞書編集を扱った『舟を編む』や、校閲業務を扱った『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』といった映画・ドラマに、自分自身を重ね、胸を熱くしていたが、今回の『咲良(さくら)は上手に説明したい!』は、取扱説明書の作成というドンピシャの内容で、胸アツ具合も半端なかった。
中でも一番危なかったのは、第4話(=最終話)の中盤以降。
外出時にコーヒーショップで読んでいたのだが、終盤の14節では、主人公同様、鼻の奥にツンとした痛みを感じ、ダムは決壊寸前……。やはり主人公同様、周りに気付かれないよう(こちらは、誰かに見られているわけでもないのだが……)、鼻を啜ったりして何とか誤魔化した。
この小説を読んでいて嬉しかったのは、胸に湧き起こってくるものが、懐かしさとか後悔という過去に向かう感情ではなく、現在進行形の変わらない憧れと熱い気持ちだったこと。
そんな嬉しい気持ちが、私を久しぶりの読書感想文に向かわせたのでした。
どうも、お粗末様でした。
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