涙のキッス

3月、それは「別れ」の季節。
遡ることほぼ四半世紀前の2001年3月13日火曜日、僕は平日にも関わらず、昼間から東京ドームの前に立っていた。年度末の忙しい時期であることは百も承知で「有給休暇」を取得して、清水からはるばる東京ドームまでやって来たのだ。
何と言っても、これがキッスをこの目で観る最後のチャンス。選択の余地などあるわけがない。
ところが、この日にかける僕の気持ちをよそに、出鼻をくじくような信じられないことが起きていた。あろうことか、来日前にドラムのピーター・クリスがバンドを脱退したという……。
一旦、時はさらに5年前にさかのぼる。
1996年、オリジナル・メンバーによるメイクアップ・キッスが復活した。
オリジナル・メンバーによる16年ぶりのニュー・アルバム「サイコ・サーカス」を発表したキッスは、リユニオン・ワールド・ツアーを実施。1997年1月には来日公演も実現した。
70年代におけるキッスの全盛期をリアルタイムで体験できなかった僕にとって、オリジナル・ラインアップのキッスをこの目で見ることが出来るなんて、夢のような出来事だ。
言うまでもなく、このときも僕は東京ドームに駆けつけた。
その後の活動は一体どうなるのかと思っていたら、ライヴ活動に終止符を打つとのことで、フェアウェル・ツアーの実施が発表された。残念だけれども、メンバーの年齢を考えれば、何十キロもある重装備のコスチュームを身に着けて、あの激しいライヴを続けるのが容易でないことは、十分理解できる。
そして僕は、フェアウェル・ツアーにおけるオリジナル・キッス最後の勇姿をこの目に焼き付けるため、こうして再び東京ドームに駆けつけたのだ。
正直言って、オリジナル・メンバーのピーター・クリスが欠けた時点で、このフェアウェル・ツアーの意味がよく分からないものになってしまい、今日までずっとモヤモヤしていた。
しかし、今回がこの目でキッスを観ることが出来る最後のチャンスであることに変わりない以上、見逃すわけにはいかない。それに、まだ、ポール、ジーン、エースの3人がいるじゃないか……。そう自分に言い聞かせながらライヴに臨んだ。
色々と思うところはあるにせよ、ライヴ自体はとても満足のいくものだった。
個人的には、エースがリード・ヴォーカルをつとめる、僕の大好きな曲「トーク・トゥ・ミー」(「仮面の正体(原題:Unmasked)」収録)を生で聴くことが出来たのは、思わぬ収穫だった。
また、ピーターの代わりを務めた腕利きドラマー エリック・シンガー(エリック・カー亡き後のキッス3代目ドラマーでもあった)のお陰で、タイトに引き締まった演奏を楽しむことが出来た。加えて、エリック・シンガーは名前の通り歌も上手く、しかもピーターに似たハスキーな歌声のため、「ブラック・ダイアモンド」のヴォーカルも違和感なくキマっていた。
しつこいようだが、目の前にいるのは、本来「別れ」を告げるべきオリジナル・キッスではない……そのモヤモヤを最後まで拭い去ることは出来なかった。
それでも、僕をこの素晴らしいロックの世界に引きずり込んでくれたキッスのラスト・ツアーをこうして目撃出来たことは、実に感慨深いものがあった。
今はただ感謝あるのみ。キッスよ、永遠なれ。
ところが、話はこれで終わりではなかった……。
しばらくすると、耳を疑うようなニュースが飛び込んできた。
何と、フェアウェル・ツアーの大盛況ぶりを受けて、キッスは今後も活動を続けることにしたというのだ……。
キッス・ファンであれば、本来は大喜びするはずのところだが、僕の頭に真っ先に浮かんだ言葉は「何だそりゃ⁉」だった……。
何だか、とてもひどく裏切られたような気持ちになり、「あの日、どんな思いで東京ドームに駆けつけたと思ってるんだ?ふざけんな!!」と、頭にくるやら、がっかりするやらで、どうにも気持ちの収まりがつかない。
それと同時に、「活動を続けてくれることを素直に喜べない自分は、本当のキッス・ファンではないのだろうか……」と自分を疑い、大袈裟かもしれないが、「自分にはキッス・ファンを名乗る資格がないのではないか……」と、自己嫌悪に陥ったりもした。
気付けば、あの日から既に20年以上の時が過ぎている。
その後のキッスは、ピーターに続いてエースが再び脱退、ギタリストにキッスのトリビュート・バンド「コールド・ジン」をやっていた、元ブラック・アンド・ブルーのトミー・セイヤーを迎え、ポール、ジーン、エリック、トミーという布陣で、メイクアップ・キッスの活動を継続。
何枚かアルバムを発表して、何度か来日もしているが、僕にとっては、あくまでも2001年3月の東京ドームが最後のキッスであり、それ以降のライヴには足を運んでいない。
別に意地を張っているわけではないのだが……涙。
キッスは一昨年(2024年)、ライヴ活動に正真正銘のピリオドを打ったが、今後もキッスのアバターが活動を続けるとか、メイクなしでの限定ライヴを行うとか、色々な情報が耳に入ってくる。
相変わらず、あの手この手でファンを喜ばせようとしてくれているようだ。
何だかんだ言っても、キッスのことを嫌いになることなんて、僕にはできない。
あんな事があってもなお、何か動きがあると知れば、その一挙手一投足が気になってしまう。
やっぱり僕はキッスが好きだ。それだけは、これからもずっと変わることはないのだろう……。
3月になると、またあの日のことを思い出す。
そして、「別れ」というのは、終わりではないんだ……そんなことを、ふと思う。
■■